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総合案内 > 市政情報 > 三浦ファンが語る!「三浦自慢」 > ユネスコ無形文化遺産・チャッキラコ


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更新日:2013年11月29日

ユネスコ無形文化遺産・チャッキラコ

(写真:チャッキラコの踊りの中の「二本踊り」)

チャッキラコは、毎年1月15日に三崎の海南神社、本宮、竜神様に家内安全、商売繁盛や大漁祈願、海上安全などの願いを込めて奉納される女性による小正月の行事です。大人の音頭に合わせて4~5歳から12歳までの女の子たちが舞扇や綾竹に鈴の飾りをつけたチャッキラコと呼ばれる道具を使って踊ります。奉納した後は、家々をまわり、家内安全、商売繁盛などの願いを込め踊ります。

現在踊られているチャッキラコの曲目は、「初いせ」(最初に踊る祝唄)、「チャッキラコ」(綾竹を打ち鳴らしながら踊る)、「二本踊り」(二本の舞扇を左右の手に持って踊る)、「よささ節」(舞扇を右手に持ち、扇の紙のはってない骨の部分を左手の指先でかき、カサカサという音を出す)、「鎌倉節」(唯一踊り子の囃しことばがない。歌詞が長いのが特色)、「お伊勢参り」(舞扇をたたんだまま右肩にあて、両手を添えてお伊勢参りの道中のしぐさで踊る)の6種類があります。

(ユネスコがYouTubeでチャッキラコの踊りを動画で説明しています:YouTubeのサイトへ(外部サイトへリンク)

 

チャッキラコは、平成21年9月にユネスコの無形文化遺産として登録されました。

ユネスコは、世界190カ国以上が加盟する国連の教育、科学、文化に関する専門機関です。チャッキラコが登録されたユネスコ無形文化遺産は、ユネスコの3大遺産事業(「世界遺産」「世界記憶遺産」「無形文化遺産」)のうちの1つで、日本では平成25年10月末までに能楽、人形浄瑠璃文楽、歌舞伎など21件が登録されています。

チャッキラコがユネスコに登録されたのは、200年以上にわたり大きく形を変えずに受け継がれたチャッキラコの伝統と保存会をはじめとする保存体制が評価されてのことだと考えられています。長い歴史の中での、踊り子、音頭取り、保存会、地域のたくさんの人たちの喜び・苦労・努力は、この土地固有の、何にも代えられない誉れです。三崎の地域の人たちはもちろんのこと、三浦市民の皆さん、さらには日本国民が世界に誇るべきものになったのです。

 

本稿では、現在のチャッキラコの踊り子、地域でチャッキラコにかかわっている方の声をお届けします。

 

チャッキラコの魅力と継承への思い~踊り子の声より~

チャッキラコは、大人の音頭取り達が唄い、子供達が唄に合わせて舞い踊ります。

揃いの着物を着て、舞扇やチャッキラコを操り神様に踊りを奉納する可愛らしい子供たちは、この行事には欠かせず、チャッキラコの大きな魅力となっています。

さて、そんな踊り子たちは今、チャッキラコをどのように考えているのでしょうか。

踊り子の最年長、岬陽小学校6年生の札内茜(ふだうちあかね)さんに話を聞きました。

「お姉ちゃんが踊っていたのを見ていて、扇子の動きやチャッキラコの音が綺麗だな、やってみたいなと思い、幼稚園の年中から始めました。やってみたら思っていたとおり楽しくて、踊りの中ではみんなで扇子を合わせると綺麗だから二本踊りが好きです。踊りをしているうちに、自分で着物も着られるようになったし和柄も詳しくなりました。踊り子のみんなで集まって遊んだり、話したりするのも楽しいです」

踊り子の札内あかねさん

写真:「次は音頭取りになりたい」という踊り子の札内茜さん

朝から晩までお店や家を回るため、寒さで冠がずれてしまうこと、草履で足が痛くなることなど、大変なところもありますが、行事の責任も感じています。

「最初はただ店を回るだけでしたが、今は商売繁盛を届けたいと思っています」

札内さんの言葉からは、伝統行事への思いが音頭取りから踊り子へしっかりと受け継がれ、また次の世代へと確実に受け継がれていくことも確信させられます。

「音頭取りさんの指導は厳しいけれど、伝統を残そうとしてくれているんだと感謝しています。支えてくれる家族や友達にも。

後輩たちには、小学校までの期間しかできないことだから楽しんで踊り続けてほしいです。

私は、まずは音頭取りになって子供たちにチャッキラコを教えたい。20歳になったらすぐにでもやろうかな。自分の子供が女の子なら踊ってほしいと思います」

 

チャッキラコにかかわる地域の人たち

「毎年楽しみ。可愛いお化粧をした子供たちがニコッと笑ってくれるでしょう。

『おめでとう』と言って家に入ってきて、『女将さんはこういう人です』と口上をした後に踊ってくれるんですもの。可愛いわよね」

 

仲崎地区に住む三橋尚美さんは、娘と孫がともにチャッキラコの踊り手だったもあり、チャッキラコといった様子た。

商売をしているため、毎年1月15日にはチャッキラコを家に迎え入れて踊ってもらっています。分かっているだけでも実に60年以上にもなるといいます。お店には、チャッキラコの大きな写真も飾られていました。

尚美さんの娘の三橋美子さんは、自身も踊り子で「当日はスターになったみたい」で楽しかったといいます。

また、現在高校生になる娘さんが踊ることになったときの気持ちを次のように話してくれました。

「子供が継いでくれることが嬉しかったですね。親として一緒について家々を回るのも。自分と同じことを子供もやってくれるということも」

「踊れるのはこの行事が続いてのことだから、子供たちには踊れることに喜びと誇りを持ってほしいですね」

 

ご家族

写真:チャッキラコの写真を懐かしむ三橋さんご家族(左から尚美さん、国治さん、美子さん)

 

札内茜さんの言葉からも、三橋美子さんの言葉からも、伝統行事を守ることへの思いと同時に、自分が踊って楽しかったから自分の子供にも踊ってほしいという、より純粋な気持ちが伝わってきました。1年に1度の女性の楽しみであるチャッキラコには、過去に不遇の時代もありましたが、その中でも受け継がれてきたのは、時代時代の踊り子たちのこのような思いの積み重ねがあるからかも知れません。

男性もチャッキラコを支えています~チャッキラコ製作者・吉永寛さん~

取材をする中で、ある女性から、「チャッキラコ」(綾竹)の携帯用ストラップを見せてもらうことがありました。小さいながら竹を使った精巧なレプリカです。どんな人が作っているのか気になり、東岡に住む吉永寛さんを訪ねました。

チャッキラコ

写真:踊りで使われる色鮮やかな「チャッキラコ」

吉永さんは、踊り子たちにとって重要な道具である「チャッキラコ」の製作を現在一手に引き受けています。以前の製作者が作れなくなった時に、娘さんがチャッキラコを踊っていた関係で吉永さんに白羽の矢が立ちました。

「以前からチャッキラコを修理していたからね。踊りにもユネスコにもそれほど興味はないんだけど」と笑って話す吉永さんですが、その言葉とは裏腹に、その製作にあたっては職人さながらのこだわりを持ち、力が入っています。

「竹は城ケ島で刈ってくる。プラスチックじゃ音が出ないからね。あと、中が湿気ていると上手く和紙が入らないから乾かす。ドリルで竹の筒の中を広げて5色の和紙の短冊を差し込むんだよ。ビデオで見たりして、振ったときに綺麗に見えるように短冊を取り付けているよ。付ける鈴も、ものによって良い音と悪い音がある。だから鳴らしてみて良い音のする鈴を付けているよ」

表舞台では女性たちが輝くかたわら、吉永さんのような男性も子供たちと伝統行事を影から支えてくれているんですね。

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