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総合案内 > 市政情報 > 三浦ファンが語る!「三浦自慢」 > 三崎の大漁旗~古今の想いが染まる三崎のシンボル~


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更新日:2014年5月1日

三崎の大漁旗~古今の想いが染まる三崎のシンボル~

写真:大漁旗の染付をする三冨染物店の七代目・三冨由貴(みとみよしたか)さん

三崎の大漁旗の特徴

平成24年12月25日亀吉丸の新造船お披露目

写真:平成24年12月25日亀吉丸の新造船お披露目

三浦市は、日本有数の漁港である三崎漁港を始め、多くの漁港を持つまちです。そんな三浦では、古くから大漁を祈願するため、あるいは帰港の際に大漁を知らせたり造船を祝うために大漁旗が作られていました。マグロの水揚げが盛んだった頃には、1隻のマグロ漁船に100本もの大漁旗が掲げられていたといいます。

東北地方で比較的多く作られる無地の大漁旗と違い、縁起物を配し、原色を多く使って染め上げられた華やかさが三崎の大漁旗の特徴です。そのデザインはマグロや鯛などの魚、鶴や富士山など縁起物の絵に「祝」「大漁」の文字や船名が記されたものが基本となりますが、多くのリクエストに応じて作られるためバリエーションは無限にあります。

最近では、平成24年12月に亀吉丸、平成25年8月に第五十八事代丸の造船の際に、三崎の大漁旗がその門出を祝福しました。平成25年2月号の広報紙『三浦市民』で表紙を飾った亀吉丸のお披露目のシーンは、まさに大漁旗の華やかさと勇壮さが表れています。

大漁旗は、三崎港町まつりやみうら夜市など様々なイベント会場も華やかに彩ってくれています。港町三浦三崎のシンボルとして、大漁旗が市民の皆さんからはもちろんのこと観光客の皆さんからも愛されているといることを感じさせます。


 

三崎の大漁旗は、明治時代から続くと言われる長い歴史と伝統的な工法による手作りを続けていることが評価され、「新かながわの名産100選」に「長い伝統の中で創意と工夫が重ねられた工芸品」として選ばれています。現在、神奈川県内では唯一、三崎の下町にある三冨染物店が大漁旗を一枚一枚手作りしています。

三崎の大漁旗で用いられている伝統的な工法は、「筒描き染め」と呼ばれるものです。もち米とぬかで作った自家製の糊を、木綿で作った自家製の「筒」(ケーキのホイップを絞るような道具)に入れて絞り出しながら白線となる部分を描くように覆い、乾燥させます。この糊を塗ることで、白線部分に塗料が染みることを防ぎます。その後、染料と顔料を混ぜあわせた塗料で旗を染め付けていき、最後に糊を洗い落とし、乾燥させて仕上げます。もち米とぬかで作る糊は、自然の素材を原料としていて夏は保存がきかないため一度に多くを作ることができません。また、天気や気候によって配合を調整する必要もあります。手はかかりますが、手近にある自然の材料を工夫して使うところに伝統的な工法としての特徴があります。

 

糊を入れて白線部分に塗るのに使う「筒」と呼ばれる道具

写真:糊を入れて白線部分に塗るのに使う「筒」と呼ばれる道具

地域で愛される大漁旗~港町らしい風情とノスタルジー~

三崎下町で呉服店を営む鈴木久雄さんは、かつて毎月最終土曜日に三崎下町で夕市が開催されていた頃に、街をにぎやかにしようという日の出区の店舗の一員として大漁旗を作りました。今はそれをみうら夜市で掲げています。

「大漁旗があると、やっぱり三崎の港町らしい風情が出るでしょう。それがいいですよね」

大漁旗を広げる鈴木さんご夫妻

写真:大漁旗を広げる鈴木さんご夫妻

 

三崎が水産業で活況を呈していた昭和の時代を知る鈴木久雄さんは、当時、遠洋漁業の漁船を見送りに行った時のことを話してくれました。

 

「(大漁旗は)赤や青の原色が多くて華やかでしょう。大漁を祈念して掲げられたたくさんの旗がたなびきながら船が離れていくと、見送りのために持っていた紙テープが短くなっていくんだけど、大漁旗が華やかなだけにテープが切れて船が行ってしまったときに余計に寂寥感(せきりょうかん)がありましたね」

三崎に長く住む人にとって大漁旗がある種のノスタルジーを感じさせるのは、それが華やかな時代を彩ったものというだけではなく、別れの場面にあったことも、一つの理由なのかもしれません。

 

三崎の子どもたちにとっての大漁旗

三崎小学校では、「地元の事を知らない子どもにはなってほしくない」という学校の想いがあり、今年、総合学習の一環として大漁旗の染付を行いました。

6年生2クラスがクラスの旗として、また運動会の応援旗としても使うために、全員で製作しました。デザインは子どもらしく斬新、クラスのスローガンも入っています。作った大漁旗は、教室の後ろの壁に誇らしげに飾られ、教室をパッと明るくしています。

 

旗の作成風景1 旗の作成風景2

 

6年1組のクラス旗 6年2組のクラス旗

 

写真上:旗の作成風景

写真左下:6年1組のクラス旗、写真右下:6年2組のクラス旗

 

 

三崎小学校の担任の先生によると、染付をした児童の中には「自分の子どもが生まれたら贈りたい」と言う児童もいたといいます。実際に体験してみることで、三崎の伝統工芸の歴史やそのよさを理解し、子どもたちの記憶により一層強く残っていくはずです。

 


 

また、三崎中学校では今年の3月まで10年にわたり、卒業に合わせて3年生が大漁旗のデザインと染付を行ってきました。卒業式の会場である体育館に飾られる大漁旗は毎年その数を増やしながら、卒業生たちを力強く、華やかに見送ってきました。平成25年度で現在の場所にある三崎中学校は閉校しますが、最後の卒業式でも、新しく染め上げられた大漁旗が最後の卒業生たちを見送る予定です。大漁旗を染め付けた三崎中学校の生徒は、卒業式を思い出すたびに自分たちが染め付けた大漁旗のことも思い出すことでしょう。

 


三崎中学校卒業生が10年間歴代製作してきた大漁旗

写真:三崎中学校卒業生が10年間歴代製作してきた大漁旗

復興の旗印に~港町をつなぐ大漁旗~

平成23年3月11日に発生した東日本大震災では、東北地方の多くの港町がその被害に遭いました。

これまで三浦市でも行政・民間を問わず、被災地を支援・応援してきましたが、その中でも大漁旗が使われています。

神奈川県内市町村の若手職員で構成される自主研究会のグループ(通称、K33ネットワーク)があります。そこに参加している三浦市の職員の呼びかけにより、一昨年、グループのメンバーが大漁旗の染付を行い、石巻魚市場株式会社(宮城県石巻市)と釜石市漁業協同組合連合会(岩手県釜石市)に大漁旗を届けました。

三浦市から被災地への職員派遣も経験していた、この発起人となった職員は、「漁業の街三浦だからできる被災地応援の仕方があると思った。そう考えたら大漁旗が自然と浮かびました」。

 

釜石市漁業協同組合連合会に贈られた大漁旗

写真:釜石市漁業協同組合連合会に贈られた大漁旗

 

三浦市役所では、上記の職員を含め、南三陸町、気仙沼市、釜石市などへの職員派遣を通じて、以前から繋がりの強い港町を支援しています。そのような三浦市の支援に対し、南三陸町長がお礼と報告を含めて三浦市長を表敬訪問した際には、三浦市から大漁旗を贈りました。

 

三浦で作られた華やかな大漁旗が、港町と港町を繋ぎ、東北の人たちへの応援の気持ちを伝えてくれています。

ちなみに、三冨染物店では昨年から、東北地方から大漁旗の注文を多く受けるようになっているとのことです。東北地方の染物店だけでは手が回らないためで、三冨由貴さんは、そこに復興を感じると話してくれました。

南三陸町長へ大漁旗を贈りました

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