【本年度の事業は見送りとなります】「第49回道寸祭り~笠懸(かさがけ)~」

更新日:2026年04月10日

中世封建時代にまで遡る三浦一族興亡の系譜は、約四百五十年の栄華と盛衰の三浦の歴史そのものに他なりません。

源氏、北条氏そして足利氏と、鎌倉時代の全盛期、そして室町時代の滅亡に至るまでの一族の活躍と悲哀の物語は、武門の誇りと執念とが交錯した壮大なドラマです。

とりわけ、鎌倉時代初期には一族の三浦義澄、和田義盛が鎌倉幕府を支える十三人の重臣として選ばれ活躍するなど、この激動の時代を駆け抜けた一族の生き様は今も語り継がれております。

また、時を室町時代に移し、三浦一族終焉の地となった油壺、新井城での北条早雲との壮絶な攻防は三年にも及び三浦道寸、荒次郎親子の豪勇振りや、落城の際、道寸と武者のほとんどが油壺湾に朽ち落ちたとされる悲話は、今も波静かな入江の佇まいの中にその面影を忍ばせております。

ここに、祖霊の眠りの安らかならんことを祈ると共に、三浦一族のお家芸であった笠懸を開催することにより、この地に残された文化、遺産を広く世に紹介し、かつ、観光振興の一助とするため、道寸祭りを挙行するものであります。

第48回目の開催となる本年も、多くの方に一族の歴史に触れていただけるよう、盛大に開催いたします。

(引用:道寸祭り実行委員会事業計画書より)

令和8年度道寸祭りの開催見送りについて

実行委員会では、令和8年度の道寸祭りの開催を見送ることとしました。なお、来年度は開催する方向で検討することとしています。

令和7年度開催案内

笠懸(かさがけ)とは

平安末期から鎌倉、室町時代にかけて流行した流鏑馬(やぶさめ)、犬追物(いぬおうもの)と並ぶ我が国の古弓馬術の一つ。

源頼朝が三浦三崎遊覧の際、笠懸が催され、三浦義澄、和田義盛等、三浦一族は弓上手として知られていました。

以来、笠懸は三浦一族のお家芸として長く伝えられてきており、昭和54年(第1回)に我が国初めての恒例行事として復活し、本年に至っております。

主催者

道寸祭り実行委員会

お問い合わせ

(一社)三浦市観光協会 電話番号:046-888-0588

その他参考情報

三浦道寸(義同)

新井城主三浦道寸義同は鎌倉以来阪東武門の名族である三浦一族最後の当主となりました。三浦一族は始祖為通にはじまり鎌倉時代には北条氏とともに幕府を二分して覇権を争ったことはよく知られています。この間、和田の乱(和田義盛滅亡)宝治の乱(三浦泰村滅亡)などいく度か興亡を繰り返し四五〇年の後、奇しくも同じ北条を唱える伊勢新九郎(北条早雲)と戦い、戦国争乱の世の露と消えました。

(義同辞世の歌)

討つものも討たるるものもかわらけよ 砕けて後はもとの土くれ

新井城合戦

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この記事に関するお問い合わせ先

三浦市役所 経済部 観光商工課(イベントプロモーション担当)
電話番号:046-882-1111(内線77432・77433・77434・77439)
ファックス番号:046-882-5010

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